アンバー・カーディナル:「振り付けられた装身具」と今を生きる
Interview by Ayae Takise
映像、写真、ボディ・スカルプチャーと名付けた装⾝具など幅広い⼿段を通してその詩的な世界観を形作るフランス人アーティストデザイナー、アンバー・カーディナル。「形態と⾝体の調和」をコンセプトに、ダンスを取り入れた表現も頻繁に手がける。
以前からパリと東京を半年に1 度の頻度で往来し活動していた彼女は、都内ギャラリーで展⽰「Beyond Senses(感覚の先へ)」を開催予定だったが、あいにく新型コロナウイルス(COVID-19)の影響で中⽌に。「感覚の宮殿」としての⾝体を解放する手立てを提案する彼女の作品は、世界的に不安に覆われている今だからこそ心身のホリスティックな関係を提⽰する彼⼥の作品に触れる意義が⼤きいと言える。ダンスを軸にアンバーの作品観、身体観を探る。
身体の豊かさを知るための世界観
よくおどけ、音楽がかかればすぐ踊り出す快活さを持ちながら、時折「チョットマッテネ」とチャーミングに挟み、じっくり言葉を考え選びながら話す人。筆者とわずかながら個人的に交流があったアンバーの印象である。会うたびにダンスの話題で盛り上がり、父親が気に入って家で踊ったというベジャールの「ボレロ」を自ら披露してくれたこともあった。
だからか、4月上旬に急遽フランスへ帰国した彼女にビデオインタビューを行った際、何度も「I am a very sensitive person」と繰り返しながら話してくれたのは意外だった。「解像度の高い感受性を持つ人間」と訳すのが的確かもしれない。
「アーティストデザイナー」という肩書きを持つアンバーは、有名ハイブランドのディスプレイデザイン、映像制作等のクライアントワークをフリーランスで手がけつつ、自らのアート作品制作も両立させて精力的に活動している。生粋のパリジェンヌは幼少期から気がつけばものづくりに夢中になっている子どもだった。直感に素直な性格も一貫している。アートスクールへの進学も、卒業後に現在の生活にたどり着いたのも、自然な流れに身を委ねた結果だと話す。
「フランスの大学で金工を学びジュエリー作りに没頭した後、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートに進学したのは、自分の世界観をより具現化する力を身につけるため。映像や写真表現を学びました。今の活動の仕方に落ち着いたのは、選んだというよりいつの間にかそうなってたというか。身に着ける人の感情を引き出し、身体へ問いを立てるオブジェクトとして装身具をデザインしたかったので、機能性を求める既存のプロダクトデザインには興味が向かなかったんです。空間デザインや視覚表現を実践する中で、鑑賞者が今この瞬間における心身の解像度を高めることを大事にしてます。」
ヘッドピースはネックレスにもなり、手先の装身具は角度や指の通し方を変えることもできるなど、自由自在に身体に添う装身具。
「金工で装身具を制作する時は、実際に自分の身体に添わせながら彫刻としてどのように共鳴するかを探りながら作ります。身体の上でハンマーで整型していくと、素材が自ら語り始める瞬間がある。そこからさらに『身体がこう動くなら金属をこっちへ曲げよう』と言う具合に、身体とともにその素材の最も優雅なムーブメントを見つけていくイメージです。
『あなたの装身具を身につけると美しい存在になったように感じる』という感想をよくもらいます。身に着ける人には、この地球上に確かに存在する唯一無二の自分を愛する、セルフエンパワーメントの気持ちを持ってほしいです。」
動的なエネルギーを捉える:ダンスとキネティックアート
まるで金属と身体双方を振り付けるような動的な制作感覚がユニークである。2017年に制作された映像作品「Mobil」は、身体と素材の動的な調和を試みる彼女の哲学がダイレクトに伝わる映像作品だ。
「ダンスは身体言語として最も力強い、いえ、最もピュアと言った方が的確かしら。踊る人、観る人両者の思考を越えて強く感覚に訴えかけ、純粋に身体と心がつながりあうのがダンスだと思います。人間の感情を自然に引き出すのに最適な手段、だから制作哲学ともぴったりマッチします。私はすごくセンシティブだからダンスに魅了されているのかも。装身具とダンスは同じエネルギーから生まれ、お互いを補完し合う関係にある。」
ダンス以外にアンバーがインスピレーションとして挙げているのがキネティックアート(動きを取り⼊れた芸術作品)だ。身のまわりにある線に意識を向け、均衡を保ちながら空中を旋回する作品を作り続けたアレクサンダー・カルダー(1898-1976)がその代表的な芸術家である。カルダーを尊敬する芸術家の一人に掲げるアンバーは、装身具からさらに大きな規模で実現される空間インスタレーション作品でも、観る者に作品の美と一体化するよう導く。
「抽象彫刻を魂が宿るものとして捉えています。鑑賞者にはインスタレーション空間に感覚を没入させ、そこに存在する自分の身体を豊かに実感し、作品の核の一部になってほしい。これは私が制作する上で一番情熱を注いでいる試みです。」
時とともに変化する肉体、彫刻、空間の共鳴
中止展示「Beyond Senses」は、アンバーの空間インスタレーションを体験する好機となるはずだった。どのような意図を持って発表に挑もうとしたか、ステートメントを下記に抜粋して紹介する。
Sensorial Temple (感覚の宮殿)を模した今回の展⽰は、⾦属や⽊、花などの⾃然素材が天井から吊るされた空間となっています。この地球と空のつながりにより私たちの⾁体にかかる重⼒、そして魂の中⼼に問いかけます。詩的でまるで時間を忘れさせるこの体験は、「今」を⽣きるよう私たちを導いてくれるようです。
来場者は空中に浮いたボディ・スカルプチャーを⾝につけたり、実際に使用することができます。(中略)キネティックアートに影響された彼⼥の作品は、体の動きに意味を持たせ、それによる構造、ボリューム、エレガンスをもたらしています。作品⼀つ⼀つがインスタレーション全体の空気感を⽀え、独⾃の空間を作り出します。⽬に⾒えぬ美しさのみ、内なる⾃由は⽣まれるのです。
約1週間の会期を通じ、人間の五感に訴えかけるダンスパフォーマンスや制作ワークショップなど体験型の催しも複数予定されていたこの展示。筆者も予告を見て心待ちにしていただけに、いつか機会を改めて実現してほしいと願うばかりである。特にパフォーマンスは、金属やマグネットの線形の作品が吊るされた展示空間を観客とダンサーが共有する形で上演予定だった。
「自然を構成する4つの要素(水、火、土、空気)を変遷していくイメージで、まず私がそれらをイメージした音楽を選び、それをもとに振付を依頼しました。ダンサーの身体と動きが私の展示作品と引きつけ合い、共鳴しながらともに空間を彫刻して、パフォーマンスの時間とともに変化していく光景自体を作品とするのが意図でした。ダンスは人間の呼吸そのもの、私たちが時間を深く実感するための躍動感と輝きがそこにあると改めて感じました。」
五感と感情をかけあわせる
「Beyond Senses」の作品の一部は、複数の映像コンペティションに入選し好評価を得た2019年の映像作品「Senses」にも登場する。五感それぞれを分割して各シーンで表現したというが、実際は全編一貫して五感を非常に洗練された形で刺激する作品となっている。
「映像は私の世界観を最大限に表現し、装身具に別の次元で形を与えるメディウムです。例えば点字をあしらったブライユベルト。身体を包み込む機能を持つアイテムに、指先で触れた人にしか分からないパーソナルメッセージが刻まれている、というものです。」
「Sensesは遊び心と同時に深度を持つ、感覚的な選択ゲームのような構成になっています。登場する二人の関係性から、五感を頼りに内側の世界を旅して感情を感じる過程を表現したかった。ただ五感について表現するのではなく、親密さ、親切心、判断力、受容力といった人間に本質的に備わっている力もキーワードとなっています。あらゆる事象の調和的なつながりはエネルギーの共鳴によって生み出されます。音楽がそれを最もよく表していますね。だから一番最後に聴覚のシーンを持ってきました。」
ここでも「Beyond Senses」のクリエーション同様、最初にダンサーたちに各シーン=感覚に関連する感情についてキーワードを提示し、そこから振付が発展したという。現場での撮影時間がたった1日に限られた状況で、事前振付があったとはいえ、トータルで「五感を表現する」ことを達成するのは、コンセプトから完成に至るまで常に挑戦尽くしだったという。
「一番大変だったのは、自分にとっての五感が何なのかを明確にし、アイデアから形に落とし込むことでした。『なんでこんなに沢山制約を設けてしまったんだろう』と途中何度も思いました。でも自分に制約を与えるということは、成長しながらクリエーションを行う特別な部屋を与えられているようなもの。それまであった自分の創作言語を超える機会をもたらしてくれます。最終的にはハッピーで、『アレ!あれもこれもできるようになってる』と新しい自分に出会えました。」
複雑性の中にある個人的かつ普遍的な美
映像に出演したのはパリ在住のトルコ人Utku Balとコロンビアにルーツを持つDalila Cortes。異国の文化習慣や考え方に興味を持つアンバーならではのキャスティングだ。
「異文化のミックスに存在する普遍的な美しさを表すのも私のテーマです。多様なバックグラウンドとカルチャーを持つダンサーとコラボレーションしたくて、彼らに出演のオファーをしました。自分のクリエーションにインプットをくれ、背中を押してくれるような人々と一緒に作ることができて嬉しかったです。」
アンバーはパリでクライアントワークに従事しながら、年に数度他国を訪れ制作や旅をする。特に自身が育った国とは全く異なる文化や人々の振る舞いがある日本やインドに魅了されたという。身体の扱い方について、彼女の視点からどんな発見があったのだろうか。
「他国の文化に身を置く経験、特に日本でのそれは本当に大好き。フランスではダイレクトに身体を露出して各々の身体的魅力を伝えるけど、日本人は空気を通してそれとなく伝えて、身体を繊細なものとして扱う。なぜ日本か、と聞かれるとうまく説明できないけど、精神性を重んじる日本人のあり方に直感的に反応した自分がいます。それは私自身が精神的なことを日々感じ取っているからなのかも。」
「日本に次いでよく行くインドでは、腹部と足首が露出などで強調されると感じました。特に足首は身体の始点であり、女性性の象徴と捉えられているようです。鈴のついたアンクレットは一般的な装身具で赤ちゃんもつけているし、長いスカートを履く女性の足元からは鈴の音が聞こえます。私はこれを自分の作品として発展させました。鈴が身体の動きのエネルギーのメタファーとなるイメージです。
人間の複雑性は深く知る甲斐があり、そのうえで私たちの感情を表現する方法は無限にあるのだと、旅を通して常に発見しています。個人的でありながら普遍的なことも本当にたくさんある。人間の身体のライン、私が作品で使う素材やモチーフ、もちろんダンスもそう。さまざまなものの間にあることを、個人的かつ普遍的な方法、レベルで共有できる作品を作りたい。この思いはずっと変わりません。」
「オリエンタリズム」以前の世界的な本質
話を聞いていて「あわい(間)」という言葉をふと思い出した。東洋文化に惹かれ、近しい発想を持って作品制作に向かうアンバーにも合点がいく。目には見えないが確かに存在するエネルギーについてよく言及する彼女の作品は、時間、空間、人間といった本質的な概念を表す言葉に含まれる「間 in-between」を可視化し、物質至上的な考えにも問いを立てる。
緊急事態宣言発令直前まで日本に滞在後フランスへ帰国したアンバーはアパルトマンの広い庭のポーチからビデオ通話をしてくれた。「ここにいると落ち着くの」と気持ちよさそうに言う彼女は、心身の感覚を穏やかに保つすべを自身でも心得ている。
「フランスに帰国してまだ1日余りだけど、こちらでは政治や報道、人々の反応や行動がダイレクトで明確。日本滞在時とは別のスタンスで現実を受け入れ始めています。一方3月までいた日本では皆多くを語らないけど『しょうがない』と冷静に状況を受け入れてると感じました。この言葉は目の前の状況を受け入れながら前に進む感覚をとてもよく表してる言葉だと思います。本当に思ってることを言わない空気は、終盤は少し怖く感じたけれど…。
受容することは、自分が世界を経験するための不要な霧を晴らすこと。これは作品を通しても常々伝えたくて、今まさに世界中の人間が必要としてることだと思う。今後、物質的なことより人間本来の身体と感覚にフォーカスが当たっていくんじゃないかしら。過大に発展しすぎた社会のなかで何が重要か、価値観を再確認するヒントとして私の作品があると思います。」
アンバーがこれまでに語ったアイデアやそこに使われる言葉は、昨今先進国がマインドフルネスに湧いたことを彷彿とさせる。しかし彼女の場合、資本主義社会の過剰な側面の上に存在するブームはさておき、生活や創作を通して本来的な人間の直感を実践しているに過ぎない。
身体も大いなる自然の一部として捉え、金属造形とともに時間の流れや空間に委ねる。そんなアンバーの透き通った感性は、舞台芸術以前の人間の根源的な営みとして、内外のエネルギーに共鳴するダンスのあり方を思い出させてくれる。感覚の宮殿としての身体にじっくり耳を傾けることは心の声も聞くこと、それは世界を素直に受け入れることにもつながる。
身体の知性を養い、今この瞬間へのつながりを
取材を一旦終了したものとして、話題は「トランス状態」に。取材の数週間前に筆者が知った愛媛県宇和島のお伊勢踊り。アンバーが以前から興味があったという、天地へ手のひらを向けて旋回し続けるスフィダンス。20世紀中盤のヒッピー文化にも多大な影響をもたらしたモロッコのThe Master Musicians of Joujouka(ジャジューカ)。身体の各部位に魂が宿るというバリ島の身体観が基になっているレゴンダンスについて。最後、ふと気づいたようにアンバーが言った。
「やっぱりダンスは身体に生きる人間の言語として一番ピュアで、感覚を呼び覚ます行為。身体が思考に勝る状態を生むトランスダンスを作品として追求するのは面白そうね。私たちは脳みそで論理的に考えることは習得しているけど、身体の知性を養うことについてはどうだろう?ダンスが教えてくれるのはそういうことだと思う。ムーブメントが人間とともにある時、私たちは今この瞬間をセンシュアルに生きることができるはず。」
長い歴史の中で人間は思考の知性を獲得するために多大な努力を重ねてきた。一方で科学や論理といった合理性を求めるがあまり希薄になった身体の知性。思考は一内臓器官である脳でだけ行うものではない。五感の解像度を研ぎ澄ませ、時に直感に身を委ねることも「思考」につながる。アンバーの作品は長らく人間がないがしろにしてきたことを軽やかな洗練とともに、彼女の強い実感を持って我々に問い続ける。
Ambre Cardinal / アンバー・カーディナル
ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート卒業。アートとファッションを中心に幅広い分野で活躍するアーティストデザイナー。Hermes, Estee Lauder, Krug, Lancômeなど有名ブランドをクライアントに持つインディペンデントクリエイター。
映像やボディー・スカルプチャーなどさまざまなメディアを通して、自らを表現する詩的な世界を展開しながら形と体の調和を絶え間なく探求する。コンセプトの発想から作品完成に至るまで、自身の前例を超える芸術表現を探り続ける。これまでにパリ、東京、京都、香港で作品を発表。
Website: https://ambrecardinal.com/
Instagram: @ambre.cardinal
Vimeo: Ambre.cardinal