Omega C.:デジタルと身体の間のヒューマニティ

 

Interview by Ayae Takise


インスタグラムフィルターを作るクリエイターが新たなインフルエンサーとして台頭しはじめて久しい。2019年8月からフィルター作成が一般に可能になってわずか1年余り。瞬く間に機能として定着し、今では企業タイアップ等の動きも決して珍しくない。平面的なグラフィックから生々しいテクスチャーたっぷりの3DCGまでそのあしらいはさまざまだ。時には動きも交え、拡張現実世界の「顔」となった。

東京在住のドイツ人、エイドリアン・シュテッケヴェー、別名Omega Centauri(オメガ・センタウリ)もまた、世界中に多くのフォロワーを持つフィルタークリエイターの一人だ。奇妙で非人間的なビジュアルインパクトの背景にある、オメガの身体の外側/内側、そして人間と自然に対する眼差し。その感受性に触れた途端、彼の創り出す一切に対して視座が変化するだろう。

IGフィルターの本質を引き出す

東京在住5年目のエイドリアンは、普段は建築・インテリア設計の仕事に従事しながら、仕事で培った技術を武器にプライベートで3DCGやフィルター作りに励む。本業の傍らで続々新しいフィルターをリリースする速度も驚異的だが、特筆すべきは「拡張現実」以上に現実味を帯びるテクスチャーと動きの精度。それを裏付けるのが、フィルターとユーザの身体、その周りの環境や現象の結びつきを追求する彼の制作姿勢だ。

「フィルターを作る時に中心となるのが人間の身体。身体やその動きと強く関連するだけじゃなくて、ユーザを取り囲む環境を反射したり歪めたりします。ヴァーチャルな要素と人間の身体がお互いにシンクロして、フィルターを使ってる時にしか経験しえない独自のコンテクストに集約されるようにしてる。この2つの繋がりが希薄だとバーチャルな世界で迷子になったように感じてしまう。一貫性を持ちながら色んな文脈で機能することで、フィルターの純粋な本質を人が感じられるところまで持ってきたい。」

「僕は人間の身体が本当に大好き。アートスクールのヌードスケッチの授業がすごく楽しかったのを覚えてる。ふくよかな中年女性の身体のしわ、肌のきめ、全部…すごく綺麗でずっと見てられた。性的な魅力って意味で話してるんじゃなくて、ただ純粋に人間の身体は美しいと思った。僕のフィルターが向かうのは、究極はこういうこと。すでにある自分たちの美しい身体を受け容れて、使うこと。」

特に反射や透過といった現象は多く扱われ、画面上でユーザがいる空間と時間に変化を起こす。そうして強調される体験の一回性とコンテクストは、ともすれば平面要素や3Dパーツを「取ってつけただけ」というフィルターも数多溢れる中、オメガの最大のアドバンテージと言える。

「これは僕が建築のバックグラウンドを持ってることに通じると思う。コンテクストを踏まえながらメタファーやコンセプトを形にすることは、建築から大きく学んだこと。でも建築は現実的な問題-際の敷地、素材、予算-が最後に待ち構えてる。だからヴァーチャルなクリエーションは、アイデアをそのまま具現化したい時の別回路として大きな意味を持ってるんだ。一方で無限の可能性を持つバーチャルな世界は迷子になりやすい。そんな時は建築的思考が具体性や必要性に戻してくれる。結局(最後の基準は)人間なんだよね。『ヒューマン・スペシフィック』って言ったらいいかな。」

自然現象と人間を融合させる

インスタグラムストーリーでオメガのプライベートを追ってると、彼の非現実的なクリエーションは、海や池が光のもとで波打つ様、岩に群がる虫、風に揺れる木々など、自然界から得るインスピレーションとつながっていることが分かる。

それをふまえて改めて彼のフィルターを見ると、自然界の現象的なテクスチャーを人間の身体にあてがうようにも見える。実に強烈で奇妙な印象だ。

「確かに、自然にインスパイヤーされた要素が人間の身体に適用されると怖かったり奇妙に思えるのは事実。同時にその間にある繋がりがすごく好き。以前僕の作ったフィルターについて『気持ち悪いけど目を離せない』とコメントしてくれた人がいたんだけど、ポジティブな反応だと受け取ったよ。」

実際に試せるフィルター以外に、オメガは時折自分の身体に3DCGを組み合わせた映像を作りSNSで披露している。All images in courtesy of @omega.c

トランスフォーメーションと仮面:幼少期からの執着

オメガにとって、フィルターはデジタル技術を披露すること以上に、彼が幼少時代から惹きつけられている、仮面と変態[トランスフォーメーション]の延長にある。

「物心ついた時には仮面に執着があって集めてた。そのもの自体が、人となりを想像しうるキャラクターであるところに惹かれたんだと思う。おそらく僕の嗜好に一番大きく影響してるのはエルツァの伝統的な仮面祭。これは母親の故郷である、ドイツの黒い森の中にある小さな農村の伝統。土着信仰がまだ残っていて、冬を追い払って春を迎えるために毎年2月、シュディックという大きな木製の鬼をかぶって村中の人が歩き回る。冬が怯えて去ることが大事だから、仮面をかぶった途端人の行動がグロテスクで怖いものに変わるんだ。きっと僕は、仮面を通して人が別の人格として行動することに強く惹きつけられたんだと思う。」

エルツァの仮面祭 (photo courtesy of Omega C.)

彼が現在作ってる「ヴァーチャルマスク」は、幼少期の原体験とは異なる形で人間のトランスフォーメーションを引き出していると言える。

「僕のフィルターは決してユーザの顔を完全に隠すことはない。人間の身体が見えるよう残しておきたいし、そうすることで見えないものを引き出しているんだ…『その人の魂』と呼ぶことにしよう。」

「オメガ・センタウリ」のはじまり

「終わり」を意味するギリシャ文字とケンタウルス座に存在する星団から名付けられたアルター・エゴ「オメガ・センタウリ」は、エイドリアン曰く「自分の内側で安心して過ごせるコンフォートゾーンとして、名前がつく前からエイドリアン自身にいた存在」。重なる部分もある二つのペルソナがひとつの肉体に存在する、そんなイメージを持っているらしい。

「オメガ」が有形の存在となったのはエイドリアンが学生時代、TV番組「ルポールのドラァグレース」に影響されてドラァグを始めたことがきっかけだった。普通のドラァグクイーンが身にまとう格好を試みて化粧やファッションの実験に勤しんだこともあったが、エイドリアンの「ドラァグ・キャリア」は短命に終わる。

「宇宙人のように非人間的な見た目を目指していたけど、それはよくメディアで目にする典型的なドラァグのようになれないことの言い訳だったかもしれない。長い付け爪をつけて、コントーリングをたっぷりのファンデーションとウィッグの下で汗をかくのは本当に心地悪かった!ファンタジーを消し去られたよ。それに塗りたくった化粧、ウィッグと地肌の境界線はドラァグ用語で言うところの『クロック』されるレベルのものでしかなかった、つまり欠点を見つけて批判の対象になるってことね。クオリティに欠けるのは大嫌い。建築デザインのバックグラウンドがあると、ディテールにクオリティを持つことが全てだからね(笑)

僕と他のドラァグクイーンは今も昔も、何かを共有してるのかもしれない。でも当時は現実でトランスフォームすることがその答えではないと気づいた。だからなんでも完璧に仕上げられるヴァーチャル界でトランスフォームすることを始めたんだ。」

化粧のジレンマを経てフィルター作りへ発展したという話を聞き、彼の近作フィルター「Rorschach(ロールシャッハ)」は興味深い到達点に思えた。インクのしみのようなパターンが無限に顔の上で変化し続け、曰く「スムーズな肌、大きな目、潤った唇で誰もが同じに見える時代に、ユニークネスを感じる瞬間を生み出す」。アンチコスメティックフィルターとでも言うべきか。

from https://www.instagram.com/p/CFBxgNeHTT_/

「ポストヒューマンなアプローチで、パターンが人間のヴァーチャルなアイデンテティとなることを目指したんだ。人の顔のパーツで最もその人を表す目を常に隠すようにした。目があらわになるよう残すのは何か違う気がして、強調するのではなく匿名性をもたらした。それが『アンチコスメティック』と言われる所以かもしれない。」


「普通」「多様性」の意味がなくなる時

オメガの興味が向かう先は、人間の視覚的な表面だけではない。エルツァの仮面祭りの話でも少し触れたとおり、人間の身体の外側/内側にあるものを理解したいと言う欲求が彼自身の根底にある。

「例えば、政治的な悪に対して一定のところで共感する余地があると思ってる。彼らからしたら、主張や行動は完璧に筋の通ったものになるだろうから。何が彼らを突き動かすのか、何が彼らの恐れなのか、そのもとになってるものを素直に聞き出してみたい。同じ考えを共有することはないけど、全ては理解することから始まると思うから。」

Black Lives Matterムーブメントのほとぼりが(少なくとも日本にいる私たちからすると)やっと冷め始めた頃のこの会話。オメガは続いて、身体的な個性に向かう恐れについても言及した。

「いつか今この瞬間世界で起きてるジェンダーや人種の議論が消し去られて、『普通』の感覚が変わればいいな…それか『多様性』という概念自体が消えるか。僕たちは自分と違う存在のことを自然に恐れてしまうけど、実際は何も恐れることはないと学ぶべき。もしレイシズムが教育されて形成されるものなら、僕たちは逆の方向に何かを学ぶことができるはず。世界が多様になって、『normal』と『different』がそれぞれの意味をなくす日が来ることを願ってるよ。」


ヴァーチャルが多様性の受容を育むきっかけに

自粛期間中、オメガは普段から描きためてたドローイングからアバター作成サービス「Picrew」で「ヒューマノイド・エイリアン・ジェネレーター」を作った。着せ替え人形のようにパーツを重ねて顔を作って遊べるこの作品は、彼が身体的な多様性に対する寛容さを願う思いとつながる。人間は人種や各々の個性に関わらず、結局はなんらか重なり合う共通点を持つものだ、という結論にも飛躍しうる。

「ヒューマノイド・ジェネレーター」 Picrew

「3DCG表現が『同じことを違う色でやってる』ように思えたから、新しい表現を試したくなって作ったのがこのジェネレーターです。全てのパーツは何か『普通じゃない』ものを付け加えるように意識してる。目や耳の形、髪型、本当にいろんな種類があって、全部はグラデーション。沢山の要素が重なり合って、人をカテゴライズできなくなる状態を見るのが好き。多様性が人間同士の分離を消し去ることを提示したいんだ。僕がつくる非人間的なアバターやフィルターで作られたビジュアルは、物理的な世界で多様性の受容を育むきっかけになるかもしれない。」

オメガは現在の世界に広がる状況が、価値転換そのものであり、現在ラディカルと思える価値がいずれ未来のスタンダードになると予想する。

「多様性を受容すること自体が新しい法律やシステムによって保護されようとしてる、とても大事な時代を生きてると思う。LGBTQインフルエンサーはこのムーブメントにとても大きく寄与してる。彼らが『普通』の人々から注目を浴びるほど、それが社会や政府までをも動かす。それでもまだ、彼らは既存のジェンダーの記号に影響されてアイデンテティを表現してると思う。もしスタンダードな女性らしさが今日常で見るものと違ったら、彼らの見た目もだいぶ違ってただろうし。これから来るフェーズでは、もっと分類しがたい人々が出てくると思う。現にニュージェネレーションの子たちが、もう何者か説明や分類をできないくらいの格好をしてるのを見るけど、すごくいいよね。」

Omega with his drawings

肉体を持って地球に生きるエイドリアンにとって「自分の最後の答え」と説明する通り、「オメガ」はこの上ないネーミングだ。将来的には、「オメガ」に時間軸のある物語を与えて彼女が誰なのかをより具現化する夢もあると言う。

「もう自分の中でその物語にある瞬間がヴィジョンとして浮かんでいて、クリエーションは彼女の魂をより多くの人に共有する手段のようにも感じる。これは僕の終着点=オメガに向かって辿る旅に起きているんだと思う。」

 

オメガ・センタウリ / フィルタークリエイター

ヴァーチャル・リアリティ(拡張現実)とリアリティの狭間で実験を試みるフィルター・クリエイター。コンピュータによって生成されるグラフィック・動的要素と現実の記録をつなぎ合わせることで、物理、素材、質感が再定義される世界を構築しています。

Instagram: @omega.c

 
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