浮「あかるいくらい」の前後左右

 

Interview by Ayae Takise
Image courtesy of the artist

浮(ぶい)ことシンガーソングライター米山ミサとの付き合いはもう5年ほどになるだろうか。東京で時折顔を合わせていた彼女が、2018年の終わりに石川県能登半島でライブを行った際に偶然足を運んだことがあった。会場のすぐ外に広がる海、港と彼女の声の澄み方があまりにぴったりで、言葉にあらわさずにいられなくなり、翌日に勢い余って書いた実質的なラブレターが、翌年秋に発表されたファーストアルバム「三度見る」収録ライナーノーツの原型となった。

時は流れ2022年秋、セカンドアルバム「あかるいくらい」の《ライナーノーツ》も執筆させてもらうことになった。今回は所謂《ライナーノーツ》の体裁にとらわれないテキスト「あかるいくらいのあいだ」が完成したのだが、事前取材と称した会話から引き出された浮の言葉に流れる時間感覚には、彼女の音楽に広がる時間と空間にも通ずるものがあった。浮がアルバム発表に至るまでの前後左右を、インタビューとして公開することにした。

石垣島の日々があっての今

―今回のアルバム収録曲を聴いてまず感じたのは、「旅」。前よりも明らかにいろんな景色を見ているのが音に表れてると思いました。沖縄の民謡に影響されたところもあるような?3年前に石垣島に数ヶ月滞在していた経験があるからなのかしら。

それはあります。石垣島の広い民家を借りて 最初は大掃除から始めて 家にあるものを全部処分してまっさらな状態にして そこから始めたから家にすごく愛着が湧いて。旅じゃなくて生活だったかな

朝起きて 今日朝ごはん何作るかな・・・それでご飯作って食べて 掃除とか洗濯とかやって お昼ご飯食べて 昼寝して また起きて夜ご飯食べると 意外と一日使ってるんだな、過ぎてくんだなとか・・・でもそのひとつひとつが 時間にも心にも余裕があるから楽しいんですよ

―民謡は、向こうで歌う人がいたの?

みんな歌う でも私がいた石垣島は移住者がすごく多くて 元々歌ってた人はあんまりいなかったかな

沖縄本島に行った時は 民謡を歌ってる友達もいたりして 自分も最初見よう見まねで歌ってみたら みんな一緒に歌ってくれた。歌がまとってる雰囲気とかも好きだけど 歌のあり方が沖縄民謡って他と全然違うんですよ みんなが絶対知ってる童謡みたいな あたりまえにそこの人が知ってて 共通言語

みんな意識してるのかもわからないけど でも 歌が特別なものじゃない みんながうたう うたえるものがあって みんながうたえる空気が ある うまい人が歌うんじゃなくて ていうのが、やっぱりいいなと思った

―ライブでもときどき披露してくれるけど、沖縄民謡の音階、すごく浮の声に合ってると思いました。声の運び方がすごく相性がいい。

ライブで歌ってたのは多分「安里屋(あさどや)ユンタ」。自分で歌っててきもちいいから歌ってるっていうのは大きいです

―その沖縄滞在が、いろんなことが変わった節目だった?

あれがなかったら 今絶対こんなふうに暮らしてないなって思うんですよ

前は一人暮らしをもうしたくないって思ってたんですけど 石垣島に行って暮らすのが楽しくなったから 家にいることも好きになって 一人暮らしをまたしたいって思うようになって。前は駅から近くないと嫌だとか 主要都市に行きやすいところがいいなとか思ってたけど それも無くなって 今はとにかく家できもちよく過ごせる生活がしたいと思うようになった。自分のフィールドをちゃんと守れるように、人に依存しないで

〈浮〉がしっくり来るようになった

―だからなのかな、「枕元で」って言葉が以前のアルバム「三度見る」に引き続き、今回もいくつか歌詞に入ってる。枕元ってパーソナルスペース中のパーソナルスペースじゃない?

ほんとだ 無意識だった すごい

なんなんだろう 一番考える場所かもしれないですね ベッドの上って 寝る前

考えごとは だいたいは落ち込んでることばっかりだけど 一人反省会めっちゃやります。でも考え過ぎて落ち込み過ぎちゃうんですよ でもやっぱり考え続けないといけない 落ち込んでちゃだめ だけど でも無理やり明るく考えるのも好きじゃない とことん考えようって 落ち込んだ時ほど思うから そういうのを 毛布かけて。わたし夏でも絶対毛布かけるんですよ 布団でベッド乗って 毛布かけて ひとりだけの安心できる場所で考えてる

―落ち込むこともあるけど、無理に上がろうとしない。でも「上がれる場所もあるよ」って音楽に言われてる気持ちになります。海とか川の底から見ると太陽の光が差し込んでくるでしょ、浮の音楽にはああいうイメージがすごくある。「川」とか「水の流れ」って歌詞もすごく多いし。

多いですね なんの気なしに〈浮〉ってつけたけど、あとからあとからしっくり来るなって。最初はただかっこいいからつけただけなんですけど わたし〈浮〉だわって 思ってきた

―生きるスタンスが「浮く」だものね。沖縄では泳いでた?

泳いでたというか 浮かんでました ずっと浮かんでました ただ見てることもあったし ただ浮いてることもあったし

―浮き続けるの大変だよね、そうでもない?

一回浮いちゃえば ぼーっとして 形がないものだし ずっとそこにいないものだから 海はずっとここにあるけど ここに流れてるものって毎日違うだろうし 変わらずあるものの中に小さいものが どんどん来たり 離れたり 浮いたり沈んだりして

っていうのを考えると すごく海は好きだなって思う。山も好きなんですけど やっぱり海は特別な感じがする

写真:表萌々花

―「小石」も歌詞でよく出てくる。あれは水辺の小石なのか、道端の小石なのか、イメージはある?

水辺の丸石ですね 石拾うのも好きなんですけど 旅行中に海とか川とか行って みんなで好きな石拾って見せ合うの好きです。みんな違う石拾ってくるから 人柄出ます 一人一人違うから面白い 拾った石見てると自分を見てるみたいな感じがする

生活の時間から生まれるものごと

―川、水辺、枕元。あと太陽と月もよく出てきますね。「つきひ」って「日記屋 月日」(浮がふだんアルバイトしている日記の専門店)のことではなく?

「つきひ」を作ったあとに「日記屋 月日」に入ったんです。お店のことはあとから知って バイト募集してたから 面接受けてみた ら入れてくれて。『「つきひ」って曲作って』って言いました(笑)

―それはもうご縁。名前がいいよね、たしかに時間って太陽と月の流れでしかない。

つきひって すごい良い言葉

―そういえば、「三度見る」は印象が昼間っぽかったのが、今回はお月さまが加わった気がします。時間帯の幅と、場所の広がりができて、グラデーションの範囲が広くなった。

それは生活がそうなったから っていうのが大きいかもしれない

―前にアルバム作った時から、ライブの数も行く場所も格段に増えてるよね。

ライブが増えたってことはバイトをする時間が減ったから 毎日 昼間に活動して夜帰るみたいな 繰り返しじゃなくなったんですよ。 だから すごく朝早い時もあるし 夜遅い時もあるし いろんな時間帯にメインイベントが来るようになったんです。 時間についての考え方が変わってきました

―しかもその時間を過ごす理由の大半は音楽。バイトが減ったって表現者冥利に尽きることだね。

そうですね 周りで音楽をやってる人 のなかには もうここでバイトはきっぱりやめる という人が何人かいて。 そしたら自然と自分の音楽活動も そっちに向いてくる って言ってたから 私もそのうちきっぱりバイトを辞めたいなとも思うけど でも音楽だけっていうのは自分の中でしっくりこない

―日常を大事にすること。たとえば表現のために生活するのではなく、生活があるから生まれるものと付き合ってく姿勢が音楽に出ているのかもしれない。

港のふたりで深まった自分の音楽

―今回のアルバムはいろんな人が関係者として集まってますね。バイオリンのイガキアキコさん、コーラスに白と枝さん、三田村亮さん、表萌々花さん、特に「浮と港」のふたり(ドラムスの藤巻鉄郎、コントラバスの服部将典)。

みんな もう自分のなかのひとつになってる人たちです

―「浮と港」のふたりとの出会いは?

藤巻さんはGO FISHで出会って それまでシンガーソングライターのバンド編成アレンジの幅に限界を感じてました。バンドアレンジって どのパートにもなんだか決められたレールの存在を感じてしまう アレンジベースで曲ベースにならない。「こうするしかないのかな」って自分の中で行き詰まってて

でもGO FISHのライブを見て 藤巻さんのドラムが目を引いて こんなふうにいろんな音を出せるドラムの人がいるんだ、見つけた〜って思って。これがやりたいことだ 絶対一緒にやりたい と。同時にレーベル(Sweet Dreams Press)の福田教雄さんにも会って この人たちと次のアルバムを作りたいって思ったのが2年前。ふたりとアルバムの相談をし始めてから 服部さんを紹介してもらって 揃いました。港のふたりと初めて曲を合わせた時に感動しっぱなしで 初めて自分の曲が ちゃんと自分の曲のまま さらに深まったような気がしました

―ライブの時のお互いの目配りを見ていても、歌い手を尊重しているのが見てわかります。

ふたりとも全然違うジャンルの音楽もたくさんやってるのに 私の曲を聴いてこうしようって思って出してくれた音が 自分のイメージと全く同じか それ以上のアレンジにしてきてくれるので。リハの前に弾き語りのデモを送って 事前に少し話したりはするけど、軸は最初に合わせた時に決まって大体そのままになるので

その人の色に染まった自分の曲が見たい

―そういえば、なんで港なの?

ふたりとも港っぽいと思って。港って場所のイメージというよりかは 波が寄せてくる 場所。海があって 打ち寄せて 波が行って帰ってまたはじかれて帰ってくる みたいな 居場所

―港があるから水も波になれる。大海原だけだったら波は戻り方が違うのかも。

そうそう そんな感じ。一旦ここに帰ってくる。帰ってきたらまた出ていく でもここがあるからまた帰ってくる 安心感。

―港は帰る場所でもあるけれど、通過点でもあるよね。しっかり停まる、荷物を降ろしたり乗せたり。

それと〈浮〉の対比というか

―音楽活動とアルバイト、バンド編成とソロ、ライブで飛び回るところとお家の枕元くらいのパーソナルスペースっていうそれぞれの二極があるから、間を往来できるのかもしれない。今、ライブ活動ではバンド編成とソロの割合はどれくらい?

ソロの方が多いです 動きやすいから。今年に入って 対バンじゃなくて 突発的にいろんな人とライブすることが増えました。ドラムの藤巻さんってふだん即興音楽をやっていたりする人で。その周りにいる人たちもいっぱい紹介してもらって いきなりチューバとギターの人で浮の曲をやってみましょうとか

そういう 今までだったら絶対やりたくないことをやってる。セッションではなくてしっかり構成を練って作り上げたものを出したいタイプだったから 即興やるなんて怖すぎて 無理って思ってたのに もう一回扉を開けてみたら楽しくて。事前に音源だけ送って当日ぶっつけ本番で演奏しましょうとか すごいですよね。それをみて面白がってくれる人もすごいなと思うけど やってて楽しい音楽だなって

―自分の輪郭を他の人で作っていく感じがある?

そうです。好きにしてくださいって感じ それを見たい自分がいる 自分の新しい部分がどんどんどんどん引き出されてく。そういう経験が今年はたくさんあって その人の色に染まった自分の曲が見たい って気持ちで一緒にやるけど きっとそれは浮と港があるからそこに行けるんですよ

〈ほんとうのこと〉に向き合い続ける

―アルバム制作はいつから?

実は 去年の7月に浮と港をやり始めた初期に一度録り終わってたんですけど ミクシング作業を進めるうちにどんどんスタイルが変わってきて 曲も増えるし アレンジも変わってくるしで 半年くらい経った頃に もう最初の状態の曲を今出すことはできないという気持ちになっちゃって 今年7月に録り直したんです。それをやっと(アルバムとして)出せます。1年ですごく変わりました 自分も変わったし みんな変わったし 気持ちも変わったし

―それを聞くと、ライブは何度も足を運ぶものだなって思いました。そういえば、私の「三度見る」のライナーノーツを受けて書いたって曲。

それが今回のアルバムのタイトル(表題曲)になってます

―嬉しい。曲中にある「ほんとうであることだけが嘘ではない」「間違っていない 正しくもない」という禅問答のような歌詞、前のアルバムに収録されている『夢の中』もあったよね。

「ほんとうのこと」というのは自分の中でキーワードとして常にあって。最近みんな すぐ 論破しようとするじゃないですか。んー 偽善 でもないけど 正しいようなことを言って 言いくるめようとする。そういう 正しい と言われているものがあるせいで みんなのほんとうの気持ちが 全然出てこないなって 思うんです

何が正しいとか 間違ってるとかじゃなくて ほんとうはどうしたいの? って自分でも埋もれさせちゃいけないと思ったので やりたくないことはやりたくないってとりあえず言ってみたほうがいい。嫌いだと思うことがあっても 理由をつけてそれに付き合おうとしてしまうこともあるし 逆にみんなでこぞって 遠回しに馬鹿にしたことを言うことがあったりするけど でもそれは それぞれがそのことに向き合って どこが嫌いで嫌いなのかとか その中でもどこが好きなのかとか 考えるべきだと思うし 自分の嫌いにしか向き合っちゃいけないと思う

―相手の目を見て手を握りながら「嫌いだけど、でもね」って言うスタンスでいたいよね。

そういう人としかいられない 今周りにいる人はそういう気持ちの澄んだ人が多いから。自然とそういう人と出会うようになりました

―そのうち、そうではない人とも分かり合える時が来るのかもしれない。それがまた新しい港になるのかも。

その可能性もあるかもしれない。可能性は捨てないように したい


浮(ぶい) / シンガーソングライター

米山ミサのソロ・プロジェクトとして2018年より活動をスタート。2019年にファースト・アルバム『三度見る』(Fabienne)とホームレコーディング集『部屋の中』(同)をリリース。ガットギターの弾き語りを中心に、他ミュージシャンとのセッションやコラボレーション、客演も活発に行なう。2021年以降、ドラムに藤巻鉄郎(池間由布子と無労村、GOFISH、TCSほか)、コントラバスに服部将典(NRQ、yojikとwandaほか)を迎えた「浮と港」としての演奏も開始。また、白と枝、松井亜衣とのユニット「ゆうれい」での活動も知られている。

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アルバム「あかるいくらい」発売情報

発売日:2022年11月1日
収録曲数:12曲
演奏:浮と港(米山ミサ、藤巻鉄郎、服部将典)
ゲスト:テライショウタ(GOFISH)、イガキアキコ(たゆたう、Colloidほか)、森ゆに、白と枝
録音・ミックス・マスタリング:宇波拓
パッケージ:CD(A式紙ジャケット+36ページ・ブックレット)
デザイン:横山雄
写真:表萌々花、米山ミサ
ライナーノーツ:瀧瀬彩恵
日記:米山ミサ
定価:2,800円+税

販売:Sweet Dreams Pressウェブサイト または全国のお取扱店にて

浮「あかるいくらい」アルバム・リリース・ツアー

詳細は https://twitter.com/buoy_staff でご確認ください

 
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